今、一部で話題のNHK大河ドラマ「平清盛」で使われる「王家」という皇室の呼称ですが、まずこれは中世を扱う歴史学ではごく普通に、自明のものとして使われている用語です。この用語が広く用いられるようになったのは歴史学者、黒田俊雄氏の「権門体制論」以降のことでした(歴史評論2011年8月号「王家をめぐる学説史」)。
この権門体制論とは現代でも有力な中世史観であり、簡単にいうと王家(天皇家)を国家の中核にすえ、寺家や武家などの諸権門が相互補完的に存在し、国家権力を形成していたという中世日本の国家観です。
この権門体制論を構築する際に黒田氏は「王家」という言葉を使うほうがいいと提唱しました。なぜか。黒田氏は天皇家や皇室といった用語が、近代国家権力によって使われた用語であり、それはどうしてもある種の先入観、イデオロギーなど思考上の制約を与えてしまうと指摘。そうした既存のイメージを脱構築するために、中世の当時、実際に頻繁に使用例が見られる「王家」という用語を使うことを提唱したのです(「中世天皇制の基本的性格」,1977)。